「ゾウも倒す放射線」を自ら浴びた人々— DNAに隠された放射線治療のしくみ
「がんの原因になる放射線で、がんを治す」。一見すると矛盾したこの話は、現代のがん医療で毎日おこなわれている事実です。なかには、ゾウをも倒すほど強いエネルギーの放射線を、治療のために自ら浴びる人もいます。細胞を傷つける危険な光が、なぜ命を救う武器になるのでしょうか。その答えは、私たちの体をつくる「DNA」に隠されています。
放射線がDNAを傷つけ、がんの引き金になる

基礎知識:放射線とDNA損傷のメカニズム
放射線は、細胞の中にある遺伝情報の本体「DNA」に傷をつけます。多くは体に備わった修復システムで元どおりに直りますが、修復が不完全なまま細胞が生き残ると、突然変異を起こし、まれにがんの原因になることがあります。これが「放射線は発がんのリスク」と言われる理由です。放射線はエネルギーを狭い範囲に集中させるため、修復しにくい複雑な傷を作りやすいことも知られています。(1)
もっとも、DNAを傷つける原因は放射線だけではありません。喫煙や食品中の発がん物質、体内で生じる活性酸素などによって、私たちのDNAは1つの細胞あたり1日に1万〜100万か所も損傷を受けているといわれます。放射線はその一因にすぎず、体は絶えず修復を繰り返しながらバランスを保っているのです。(1)
Q1. 放射線治療を受けるとがんになるリスクが高まるのではないですか?
A. 放射線治療による照射は、治療用に計算された高いエネルギーを短期間に集中させる医学的な処置です。一方、環境中から自然に受ける放射線や喫煙による発がんリスクとは、線量・照射方法・目的が全く異なります。
治療にあたって医師は「放射線照射による危険性よりも患者の利益が十分に大きいこと」を前提として判断しています。つまり、そのがんを治す利益が、副作用のリスクより大きいという医学的判断があるからこそ、治療が実施されるのです。
ただし照射後、数年から数十年後に治療部位の周辺で別のがんが生じるという可能性は、理論的にはゼロではありません。ですから定期的な検査を受けることが大切です。(2)
同じ「DNAを壊す力」が、がん細胞を追いつめる
放射線治療はがん治療の三本柱の一つ
この「DNAを壊す力」こそが、放射線治療の中心です。放射線治療は、手術・薬物療法と並ぶがん治療の三本柱の一つに数えられます。がん細胞は、分裂・増殖の勢いが強い一方で、DNAが傷つきやすく、修復する力が弱いという弱点をあわせ持っています。放射線を当てると、この弱点を突いて、がん細胞に狙って強いダメージを与えられるのです。(2)
なぜ周囲の正常な細胞は助かるのか:修復力の差と分割照射
では、なぜ周囲の正常な細胞は助かるのでしょうか。鍵は「修復力の差」と「照射の回数」にあります。治療では放射線を一度にではなく、数回から数十回に分けて少しずつ照射します。正常な細胞は照射の合間に自力で回復しますが、修復力の低いがん細胞は回復が追いつかず、傷が積み重なってやがて死滅します。つまり、同じ放射線でも、分けて当てることで正常な細胞を守りながら、がんだけをじわじわと弱らせることができるのです。がんの弱点を、時間をかけて逆手にとる——これが治療の基本のしくみです。(2)(3)
Q2. なぜ放射線治療は複数回に分けるのですか?1回で高い線量を当てたら早く治りませんか?
A. がん細胞だけを完全に狙い撃つなら、1回で高い線量を当てる方が速いように思えるかもしれません。しかし、分割照射(数回から数十回に分ける)にすることで、正常な細胞を守りながらがんだけを弱らせるという戦略が成立するのです。
分割照射のメリット:
• 正常細胞の回復:治療と治療の間に正常細胞がDNA損傷から自力で回復する時間が生まれます
• がん細胞の蓄積ダメージ:修復力の弱いがん細胞は回復が追いつかず、傷が積み重なって死滅します
• 副作用の軽減:一度にすべての線量を当てるより、臓器への障害が少なくなります
つまり、同じ総線量なら「分けて当てる」方が、がんに対して効果的かつ安全なのです。(3)
「狙い撃つ」技術で、正常組織を守る

画像診断の進化とピンポイント照射
かつての課題は、がんの周りの正常な組織まで巻き込んで傷つけてしまうことでした。しかし、CTやMRIによる画像診断の進化によって、いまはがんの形を立体的にとらえられます。これを利用し、リニアックと呼ばれる装置から多方向の放射線をがんの一点に集中させ、正常組織への線量を最小限に抑える高精度な治療が広がっています。その代表が、照射する強さを場所ごとに細かく変える「強度変調放射線治療(IMRT)」です。臓器の形や働きをできるだけ残せることも、放射線治療の大きな利点です。さらに近年は、体内の狙った深さで止まる性質を持つ陽子線や重粒子線を使う治療も注目され、公的保険が使える範囲も少しずつ広がっています。(3)
Q3. 放射線治療中は痛みを感じますか?どのくらい時間がかかりますか?
A. 放射線治療そのものは痛みを感じません。X線やその他の放射線は目に見えず、熱感や違和感も通常はありません。治療中は動かずにじっとしていることが必要ですが、これは放射線の当たる場所がずれないようにするためです。
所要時間:
• 1回の治療は通常、15分〜30分程度です
• うち、実際に放射線が照射されている時間は数分以内です
• 治療準備(位置確認など)に時間がかかります
治療スケジュール:
• がんの種類や進行度により異なりますが、通常は週に5日、数週間から8週間程度かけて複数回照射します
• 通院治療が一般的なので、仕事や日常生活を続けながら受けることができます
Q4. 放射線治療で「正常組織が傷つく」と言われますが、どの程度の副作用が出ますか?
A. 副作用の程度は、治療を受ける部位・総線量・個人差によって異なります。重要なのは、最新の高精度照射技術により、正常組織への被曝を大幅に減らせるようになったことです。
一般的な副作用(軽度〜中等度):
• 照射部位の皮膚:赤くなる、乾燥する、かゆみ
• 消化器系(腹部・骨盤への治療時):吐き気、下痢
• 呼吸器系(胸部への治療時):咳、息苦しさ
• 頭部への治療:脱毛(一時的なことが多い)
重篤な副作用は稀ですが、治療の種類・線量により長期的な影響(臓器機能低下など)が生じることもあります。これらのリスク・ベネフィットについて、主治医と十分に相談することが重要です。
副作用を最小化する工夫:
• 強度変調放射線治療(IMRT)など、ピンポイント照射技術の活用
• 陽子線・重粒子線治療(近年、保険適応が拡大)
• 医学的ケアと生活指導による対症療法
DNAの健康が、リスクと治療の両方を左右する

がんのリスクと予防:DNAスコア時代へ
放射線ががんを「起こす」のも「治す」のも、突きつめれば同じDNAという舞台の上で起きている出来事です。だからこそ、自分のDNAの状態を知っておくことは、がんと向き合ううえで大きな意味を持ちます。近年は、自宅で採取した検体から、がんの遺伝的リスクを手軽に調べられるサービスも登場しています。こうした検査でリスクを知ることは、検診や生活習慣を見直すきっかけにもなります。危険にもなり得る光を、科学は「命を救う光」へと変えてきました。がんを早く見つけられれば、それだけ治療の選択肢も広がります。その主役はいつも、私たち一人ひとりの細胞に刻まれたDNAなのです。
Q5. 自分のDNA(遺伝的リスク)を検査することで、がんの発症を防ぐことができますか?
A. 完全に予防することはできませんが、リスクを知ることは非常に価値があります。
DNAリスク検査でわかること:
• 遺伝性がん症候群(BRCA遺伝子変異など)の有無
• 特定のがん(乳がん、卵巣がん、結腸がんなど)の遺伝的リスクレベル
• 30種類以上のがんリスクの相対的な傾向
検査後にできること:
• リスクに合わせた検診頻度の強化:リスクが高い臓器は定期的に検査
• 生活習慣の見直し:喫煙・飲酒の制限、食生活改善など
• 医学的監視:医師の指導下で早期発見・早期治療の準備
• 遺伝カウンセリング:血縁者への情報提供を含めた相談
重要なのは、遺伝的リスクが高い=必ずがんになるのではなく、早期に対策を立てられるという点です。環境要因(喫煙、食生活、ストレス)や定期検診による早期発見も同じくらい重要です。(1)(2)
参照文献
(1) 環境省「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料」(DNA→細胞→人体/DNAの損傷と修復)
(2) 国立がん研究センター がん情報サービス「放射線治療」
(3) 国立がん研究センター東病院「X線治療(放射線治療のメカニズム・IMRT)」
本記事は一般向けの啓発を目的とした解説です。治療方針は必ず主治医・放射線腫瘍医にご相談ください。
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著者
医学博士 富金 起範
筑波大学、生体統御・分子情報医学修士/博士課程卒業
2017年に国内初となる微量DNA解析技術(特許7121440)を用いた出生前DNA鑑定(特許7331325)を開発