リライティング日:2025年01月11日
PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法)は1983年にキャリー・マリス氏が発案し、DNAを数百万〜数千万倍に増幅する画期的技術です。DNA鑑定や感染症検査など幅広い分野で不可欠な基盤技術として活用されています。
PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法)とは
新型コロナウイルス感染症の検査法として広く知られるようになった「PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法:Polymerase Chain Reaction)」は、1983年に当時バイオベンチャー企業シータス社(Cetus Corporation)の研究員であったキャリー・マリス(Kary Banks Mullis)氏が発案した画期的な技術です。マリス氏はこのPCR法の開発により、1993年にノーベル化学賞を受賞しています。(1)(2)
PCR法が登場するまで、特定のDNA配列を大量に得ることは非常に困難であり、分子生物学や遺伝学の研究において大きなボトルネックとなっていました。しかし、PCR法の誕生によって微量のDNAサンプルから目的の配列を数百万倍〜数千万倍にまで増幅することが可能となり、生命科学のあらゆる分野に革命をもたらしたのです。
PCR法の基本原理は、DNAの二重らせん構造が熱によって一本鎖に解離(変性)し、温度を下げると相補的な塩基配列に短いDNA断片(プライマー)が結合(アニーリング)し、そこからDNAポリメラーゼという酵素がDNA鎖を伸長(エクステンション)するという3つのステップを繰り返すことにあります。この「変性→アニーリング→伸長」のサイクルを通常25〜35回繰り返すことで、理論上は2のn乗(nはサイクル数)で指数関数的にDNA量が増加します。たとえば30サイクルの場合、理論的には約10億倍ものDNAコピーが得られる計算になります。
PCR法の実用化において大きな転機となったのが、好熱菌(Thermus aquaticus)から単離された耐熱性DNAポリメラーゼ「Taqポリメラーゼ」の導入です。初期のPCRでは加熱のたびにDNAポリメラーゼが失活してしまうため、毎回酵素を追加する必要がありました。しかしTaqポリメラーゼは90℃以上の高温でも安定に活性を維持できるため、サーマルサイクラー(温度制御装置)を用いた自動化が可能となりました。この技術的進歩により、PCR法は世界中の研究室や臨床検査機関で手軽に実施できる標準技術へと発展したのです。(3)
PCR法の原理を突然閃いたときのエピソード
マリス氏がPCR法の着想を得た経緯には、科学史に残る印象的なエピソードが語り継がれています。1983年のある夜、マリス氏はガールフレンドを乗せてカリフォルニア州のハイウェイをドライブしている最中に、DNAの相補的な性質を利用して特定の配列を繰り返し複製するというPCR法の原理を突然閃いたとされています。月明かりの下、道路のカーブを曲がりながらDNA複製のメカニズムを頭の中で反復しているうちに、このシンプルかつ革命的なアイデアが浮かんだのだと、マリス氏自身が複数のインタビューや著書の中で語っています。
その後、マリス氏は1992年(受賞発表年)の日本国際賞を受賞し、その受賞式後に開催されたパーティーの場でこのドライブ中のエピソードが紹介されました。当時の皇后陛下(美智子皇后)はマリス氏に向かって「今日一緒に来られている方がその方ですね」と尋ねたそうです。それに対してマリス氏は「いや、今日一緒に来ているのは別の人です」と正直に答えたといいます。
このマリス氏の発言で場の空気がどうなったかは定かではありませんが、皇后陛下はすかさずこうおっしゃったそうです。
「それでは”もう一つ”大発見が出来ますね」
——流石ですね、皇后陛下。この機知に富んだ返しは、マリス氏のユニークな人柄と皇后陛下の聡明さを同時に物語る素晴らしいエピソードとして、日本の科学界でも語り継がれています。マリス氏は型破りな性格で知られ、サーフィンを愛し、科学に対して常に自由な発想で臨む人物でした。2019年8月7日に74歳で亡くなりましたが、彼の発明したPCR法は今なお世界中で毎日何百万回と実施され、人類の健康と科学の発展に貢献し続けています。
PCR法の具体的な工程
PCR法は一見シンプルな原理に基づいていますが、正確な結果を得るためには各工程を厳密に管理する必要があります。以下に、PCR法の基本的な3ステップを示します。
- 変性(Denaturation):反応液を約94〜98℃に加熱し、二本鎖DNAを一本鎖に解離させます。これにより、プライマーが結合できる一本鎖DNAのテンプレートが生成されます。加熱時間は通常15秒〜1分程度で、確実にDNAの水素結合を切断することが重要です。
- アニーリング(Annealing):温度を約50〜65℃に下げ、目的の配列に相補的な短い合成DNA(プライマー)を一本鎖DNAに結合させます。プライマーの塩基配列や長さがPCRの特異性を決定するため、この工程の温度設定は極めて重要です。プライマーの融解温度(Tm値)に基づいて最適なアニーリング温度が設定されます。
- 伸長(Extension):温度を約72℃(Taqポリメラーゼの至適温度)に設定し、DNAポリメラーゼがプライマーの3’末端からヌクレオチドを付加して新しいDNA鎖を合成します。伸長時間は増幅するDNA断片の長さに応じて調整され、一般的に1kbあたり約1分が目安とされています。
この3ステップを1サイクルとして25〜35サイクル繰り返すことで、目的のDNA断片が指数関数的に増幅されます。全工程はサーマルサイクラーと呼ばれる専用装置で自動的に温度制御されるため、セットアップ後は機械に任せることが可能です。(4)
弊社のDNA鑑定に無くてはならないPCR法の技術
マリス氏の逸話を紹介するつもりが、皇后陛下の逸話の紹介になってしまいましたが、ここから話を本題に戻しましょう。
PCR法とは、簡単に言ってしまえば約1,000万倍までDNAを増やす方法です。そして弊社シードナのDNA鑑定においても、このPCR法の技術は無くてはならないものです。
具体的に申しますと、検体から得られた極微量のDNAを解析に必要な量にまで増幅するためにPCR法を使用しています。大量のDNAが抽出できる口腔上皮(頬の内側の粘膜)検体からでも、得られるDNA量は1/10,000,000 g(約100ナノグラム)程度にすぎません。このPCRによる増幅を行わない限り、DNAの塩基配列を読み取ることはできないのです。
DNA鑑定では、PCRによって増幅されたDNA断片を用いて、個人ごとに異なる特異的なDNAプロファイル(STR:Short Tandem Repeat型など)を解析します。STRとは、DNAの中で2〜6塩基程度の短い配列が繰り返される領域のことで、その繰り返し回数には個人差があります。複数のSTR座位(ローカス)を同時に解析するマルチプレックスPCR法を用いることで、非常に高い精度で個人識別が可能となります。(2)
この解析により被検者間の血縁関係が正確に判定できるため、PCRが機能しないと鑑定結果の判定を行うことは不可能となってしまいます。DNA鑑定の精度と信頼性は、このPCR工程の品質に大きく依存しているのです。
PCR法の多様な応用分野
PCR法の活用はDNA鑑定だけにとどまりません。以下に、現在PCR法が広く活用されている主な分野をご紹介します。
- 感染症検査:新型コロナウイルス(COVID-19)の検査では、試料中に含まれている極微量のSARS-CoV-2ウイルス特異的RNA配列をRT-PCR(逆転写PCR)にて増幅し、感染の有無を確認します。インフルエンザやHIVなど多くの感染症の診断にも応用されています。
- 法医学・犯罪捜査:犯罪現場に残されたごく微量の血液、毛髪、唾液などからDNAを増幅し、容疑者の特定や身元不明者の身元確認に利用されています。
- 遺伝性疾患の診断:特定の遺伝子変異を検出することで、遺伝性疾患の早期発見やキャリア検査が可能となっています。
- 食品安全検査:食品中の病原菌やアレルゲンの検出、遺伝子組み換え作物の判定などにもPCR法が活用されています。
- 古代DNA研究:化石や古代の遺骨から微量のDNAを増幅し、古代人類の遺伝情報を解読する研究にも不可欠な技術です。
- がん研究・診断:がん関連遺伝子の変異検出やリキッドバイオプシー(血液中の循環腫瘍DNA検出)など、がんの早期診断・治療効果モニタリングにも応用されています。
弊社だけに限らず、さまざまな検査サービスや研究においてPCR法はその根本をなす技術として現在でも広く使用されています。近年ではリアルタイムPCR(定量PCR)やデジタルPCRなど、従来のPCR法をさらに発展させた技術も登場しており、より高感度かつ定量的な解析が可能になっています。(4)
DNA鑑定の流れとPCR法の位置づけ
弊社シードナにおけるDNA鑑定の一般的な流れの中で、PCR法がどの段階で活用されるのかを以下にまとめます。
| 段階 | 工程名 | 概要 |
|---|---|---|
| 1 | 検体採取 | 口腔上皮スワブ等で細胞を採取 |
| 2 | DNA抽出 | 細胞からDNAを精製・単離 |
| 3 | PCR増幅 | 目的のSTR領域をPCR法で増幅 |
| 段階 | 工程名 | 概要 |
|---|---|---|
| 4 | 電気泳動解析 | 増幅DNA断片をサイズ分離・検出 |
| 5 | データ解析 | DNAプロファイルの比較・判定 |
| 6 | 鑑定結果報告 | 血縁関係の有無を報告書で提示 |
このように、PCR法はDNA鑑定プロセス全体の中核に位置しており、この工程の精度が最終的な鑑定結果の信頼性を左右します。弊社では最新のサーマルサイクラーと厳格な品質管理体制のもとでPCR増幅を実施しており、高精度かつ再現性の高い結果をお約束しています。
PCR法の進化と次世代技術
1983年の発明以来、PCR法は数多くの改良と派生技術を生み出してきました。代表的な進化形として、増幅過程をリアルタイムで蛍光モニターすることで定量解析を可能にしたリアルタイムPCR(qPCR)があります。この技術は感染症検査において、ウイルス量を数値化できるため、患者の病態把握や治療効果の判定に大きく貢献しています。
さらに近年注目を集めているのがデジタルPCR(dPCR)です。この技術はサンプルを数万〜数百万の微小区画に分割し、各区画で独立にPCR反応を行うことで、標準曲線を用いることなくDNAの絶対定量を実現します。従来のリアルタイムPCRでは困難だった極微量の変異DNA検出にも優れた感度を発揮するため、がんのリキッドバイオプシーや出生前遺伝学的検査の分野でも活用が広がっています。
また、次世代シーケンシング(NGS)技術の進歩に伴い、PCR法はライブラリ調製の前段階として不可欠な役割を担い続けています。ゲノム全体の解読から特定遺伝子パネルの解析まで、PCRによるターゲット増幅はNGSの精度と効率を支える基盤技術として今後もその重要性を維持するでしょう。
現在、血縁関係に関するお悩みをお持ちの方は、ぜひ弊社シードナのDNA鑑定サービスをご利用ください。経験豊富な専門スタッフが、検体の採取から結果のご報告まで丁寧にサポートいたします。
よくあるご質問
Q1. PCR法とはどのような技術ですか?
A. PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法)は、特定のDNA配列を「変性→アニーリング→伸長」という3ステップのサイクルを繰り返すことで、数百万〜数千万倍に増幅する技術です。1983年にキャリー・マリス氏が発案し、1993年にノーベル化学賞を受賞しました。現在ではDNA鑑定、感染症検査、遺伝子研究など幅広い分野で不可欠な基盤技術として活用されています。
Q2. DNA鑑定でPCR法はなぜ必要なのですか?
A. 口腔上皮など一般的な検体から得られるDNA量は極めて微量(約100ナノグラム程度)であり、そのままではDNAの塩基配列を読み取ることができません。PCR法によって目的のDNA領域を増幅することで初めて解析が可能となり、個人識別や血縁関係の判定に必要なDNAプロファイルを確認できるようになります。
Q3. PCR法を発明したキャリー・マリス氏はどのような人物ですか?
A. キャリー・マリス(Kary Banks Mullis、1944〜2019年)氏は、アメリカの生化学者です。1983年にバイオベンチャー企業シータス社の研究員時代にPCR法を発案しました。1992年に日本国際賞、1993年にノーベル化学賞を受賞しています。サーフィンを愛する自由奔放な性格でも知られ、科学界に大きな足跡を残しました。
Q4. PCR検査とDNA鑑定のPCRは同じ技術ですか?
A. 基本原理は同じPCR法ですが、目的と解析対象が異なります。新型コロナウイルスなどの感染症検査では、ウイルス特有のRNA/DNA配列を増幅して感染の有無を判定します。一方、DNA鑑定ではヒトのSTR(短鎖縦列反復配列)と呼ばれる個人差のある領域を増幅し、個人識別や血縁関係の判定に用います。
Q5. PCR法で得られるDNA鑑定の精度はどの程度ですか?
A. 現在のDNA鑑定では、複数のSTR座位(通常15〜20箇所以上)を同時に解析するマルチプレックスPCR法を採用しており、非常に高い精度で個人識別が可能です。親子鑑定の場合、父権肯定確率は99.99%以上に達することが一般的です。弊社シードナでは厳格な品質管理体制のもとPCR増幅を実施し、信頼性の高い結果をご提供しています。
Q6. PCR法にはどのような種類がありますか?
A. 代表的なものとして、通常のPCR法のほか、リアルタイムPCR(定量PCR:増幅過程をリアルタイムでモニターし定量する方法)、RT-PCR(逆転写PCR:RNAをDNAに変換してから増幅する方法)、デジタルPCR(サンプルを微小区画に分割して絶対定量する方法)、マルチプレックスPCR(複数の目的配列を同時に増幅する方法)などがあります。目的に応じて最適な手法が選択されます。
Q7. Taqポリメラーゼとは何ですか?
A. Taqポリメラーゼは、温泉などの高温環境に生息する好熱菌(Thermus aquaticus)から単離された耐熱性のDNAポリメラーゼです。90℃以上の高温でも酵素活性を失わない特性を持つため、PCR法の変性ステップ(94〜98℃)を経ても機能し続けます。この酵素の導入により、PCRの自動化が実現し、世界中の研究室で標準的に使用される技術となりました。
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著者
医学博士 富金 起範
筑波大学大学院 生体統御・分子情報医学 修士/博士課程卒業
2017年に国内初となる微量DNA解析技術(特許7121440)を用いた出生前DNA鑑定(特許7331325)を開発
【参考文献】
(1) Thorac Cardiovasc Surg, 1983年12月(2) J Biol Chem, 1997年3月
(3) Science, 1988年1月
(4) Sci Am, 1990年4月