リライティング日:2025年10月02日
出生前親子DNA鑑定の法的・倫理的背景を包括的に解説。日本の法的空白、海外規制との比較、嫡出推定の問題、倫理的課題、今後の展望まで深く掘り下げます。
妊娠の喜びとともに訪れる、様々な不安。その一つに、お腹の子の父親が誰なのかという、非常にデリケートな悩みがあります。かつては出産を待つしかありませんでしたが、科学技術の進歩は、妊娠中しかもごく初期の段階で、母親の血液から胎児の父親を特定することを可能にしました。これが「出生前親子DNA鑑定」です。
この鑑定は、「NIPT(新型出生前診断)」と混同されがちですが、その目的は全く異なります。NIPTが胎児の染色体異常(ダウン症など)のリスクを調べるのに対し、出生前親子DNA鑑定は、胎児と父親候補の男性との間の生物学的な血縁関係を明らかにすることに特化しています。
現在、母体血中に存在するcell-free fetal DNA(cffDNA)を用いた非侵襲的な鑑定手法が確立されており、妊娠初期から安全に検査を受けられるようになっています。こうした技術の進展に伴い、世界的にも出生前親子鑑定の利用件数は増加傾向にあります。
その手軽さから注目を集める一方で、この鑑定技術は私たちの社会に、法律、そして倫理という観点から、重く複雑な問いを投げかけています。この記事では、出生前親子DNA鑑定がなぜ必要とされるのかというマーケットのニーズから、国内外の法的な位置づけ、そして私たちが向き合うべき倫理的な課題まで、深く掘り下げていきます。(1)(2)
なぜ求められるのか?出生前親子DNA鑑定のニーズ

出生前に父親を知りたいという願いは、決して特殊なものではありません。そこには、女性だけではなく、男性と周りの家族が抱える切実な悩みや、生まれてくる子どもの将来を想う気持ちが反映されています。近年では社会構造の変化とテクノロジーの進歩が相まって、このニーズはこれまで以上に高まりを見せています。
1.多様化する家族のかたちと人間関係
現代社会では、婚姻関係のないカップルから子どもが生まれることや、離婚・再婚による複雑な家族構成も増えています。厚生労働省の人口動態統計によれば、日本における婚外子(嫡出でない子)の割合は近年増加傾向にあり、事実婚やパートナーシップの多様化が進んでいます。
このような状況で妊娠が判明した場合、「本当に今のパートナーの子どもだろうか」「前のパートナーとの子どもの可能性はないか」という疑念が生じることは少なくありません。この不確実性は、女性にとって大きな精神的負担となります。また、男性側にとっても、父親としての責任を果たすために生物学的な血縁関係の確認を望むケースがあり、双方にとって切実な問題となっています。(3)
2.子の福祉と法的地位の安定
子どもの父親を早期に確定することは、子の福祉に直結する重要な問題です。特に日本の法制度上、父子関係の確定は出生届の提出、戸籍への記載、各種社会保障制度の適用などに密接に関わります。具体的には、以下のような点が挙げられます。
- 養育費の請求: 出産後、父親に対して法的に養育費を請求するためには、父子関係が確定している必要があります。家庭裁判所での調停や審判においても、DNA鑑定の結果は極めて有力な証拠として扱われます。
- 認知: 父親が出生届に署名し、子どもを認知することで、法律上の親子関係が成立します。任意認知がなされない場合、母親側から強制認知の訴えを起こすことも可能ですが、そのためにも生物学的な父子関係の立証が不可欠です。
- 相続権: 法律上の親子でなければ、子どもは父親の財産を相続する権利を得られません。認知を受けることで初めて法定相続人としての地位が確保されます。
これらの法的な手続きをスムーズに進めるためにも、出産前に父親を特定しておきたいというニーズは非常に高いのです。早期に父子関係を確定しておくことで、出産後に発生しうる法的トラブルを未然に防ぎ、子どもの権利を確実に保護することができます。
3.母親の精神的安定
妊娠期間中は、ホルモンバランスの変化などから、女性の心身は非常に不安定になりがちです。エストロゲンやプロゲステロンの急激な変動は、気分の落ち込みや不安感を引き起こしやすく、妊娠うつのリスクも指摘されています。
その上で、父親が誰か分からないという不安を抱え続けることは、計り知れないストレスとなります。このストレスは母体だけでなく、胎児の発育にも悪影響を及ぼす可能性があることが、近年の研究で示唆されています。鑑定によって父親が確定すれば、安心して出産に臨むことができ、パートナーとの関係性を構築するきっかけにもなり得ます。精神的な安定を得ることは、健全な妊娠・出産のためにも重要な要素です。(4)
4.技術の進歩がニーズを後押し
かつての出生前親子鑑定は、羊水や絨毛(じゅうもう)を採取する必要があり、流産のリスクを伴う侵襲的な方法しかありませんでした。羊水穿刺は約0.1〜0.3%、絨毛検査は約0.5〜1%の流産リスクがあるとされており、検査を受けること自体が大きな決断を要するものでした。しかし、近年の技術革新により、母親の血液中に含まれる胎児由来のDNA断片(cell-free DNA)を分析することで、胎児にも母体にも負担をかけずに鑑定が可能になりました。
この「非侵襲的出生前親子鑑定(NIPP)」の登場が、鑑定へのハードルを大きく下げ、潜在的なニーズを顕在化させたのです。母体血中のcffDNA(セルフリー胎児DNA)は妊娠7週頃から検出可能となり、妊娠が進むにつれてその割合が増加します。この技術は次世代シーケンシング(NGS)やSNP解析と組み合わせることで、99.9%以上という非常に高い精度での父子関係判定を実現しています。(4)
日本国内における法的背景と規制の「空白」

これほどまでにニーズが高まっているにもかかわらず、日本には出生前親子DNA鑑定そのものを直接規制する法律は存在しません。これは、いわば「法的な空白地帯」であり、いくつかの重要な問題をはらんでいます。NIPTのような出生前診断に関しては日本産科婦人科学会による指針が存在するものの、親子関係の確認を目的とした鑑定については明確なガイドラインが設けられていないのが実情です。
民法772条「嫡出推定」の壁
日本の民法には、「嫡出推定(ちゃくしゅつすいてい)」という規定があります(民法772条)。これは、(5)
- 妻が婚姻中に妊娠した子は、夫の子と推定する。
- 婚姻の成立の日から200日を経過した後、または婚姻の解消・取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に妊娠したものと推定する。
というものです。この規定は、子の父親を早期に確定させ、その法的地位を安定させるために設けられました。明治時代に制定された制度であり、当時の社会状況を反映した合理的な推定制度でした。しかし、女性のライフスタイルの変化や離婚率の上昇により、この推定が生物学的な事実と乖離するケースが増加しています。
例えば、夫と別居中に別の男性との子どもを妊娠した場合や、離婚後300日以内に元夫ではない男性の子どもを出産した場合、法律上は(元)夫の子どもと推定されてしまいます。これにより、出生届を提出できず、子どもが無戸籍になってしまうという深刻な社会問題(いわゆる「300日問題」)も起きています。法務省の調査では、無戸籍者の存在が確認されており、その多くが民法772条の嫡出推定に起因するとされています。
なお、2022年(令和4年)の民法改正により、嫡出推定制度の一部が見直され、2024年4月から施行されました。具体的には、離婚後300日以内に生まれた子であっても、母が再婚した場合には再婚後の夫の子と推定する規定が新設されました。しかしながら、すべてのケースをカバーするものではなく、依然として課題は残されています。
出生前親子DNA鑑定は、この嫡出推定を覆すための有力な証拠となり得ます。鑑定結果をもって家庭裁判所に「嫡出否認」や「親子関係不存在確認」の訴えを起こすことで、生物学上の父子関係を法的に確定させることが可能です。最高裁判所の判例においても、DNA鑑定の結果は重要な証拠として位置づけられてきた経緯があります。(6)
規制なき市場と事業者の自主性
法律による直接的な規制がないため、日本国内でのDNA鑑定は、事業者の自主的な倫理基準に委ねられているのが現状です。鑑定の精度や個人情報の取り扱い、そして何より鑑定前後のカウンセリング体制など、サービスの内容は事業者によって大きく異なります。消費者にとっては、どの事業者を選ぶかが極めて重要な判断となります。
国内で出生前DNA鑑定サービスを提供するseeDNA遺伝医療研究所では、妊娠6週から母親の採血のみで安全に検査が可能であること、そして検査結果は私的鑑定だけでなく、法的鑑定としても利用できることが明記されています。これは、鑑定結果が裁判などで証拠として提出されることを想定していることを示しています。法的鑑定として利用する場合は、本人確認の厳格な手続きや、サンプル採取時の第三者立ち会いなど、証拠能力を担保するための追加的なプロセスが設けられます。
また、信頼性の高い鑑定機関を選ぶ際の指標として、国際品質規格ISO9001の取得状況、プライバシーマークの認定、AABB(米国血液銀行協会)認定の有無などが挙げられます。これらの認定を受けている機関は、検査プロセスの品質管理やデータの安全管理について一定の基準を満たしていることが保証されます。
このように、技術的には容易に鑑定が受けられる一方で、その利用については個人の判断に委ねられており、法的な枠組みや社会的なサポート体制が追いついていないのが日本の実情です。利用者保護の観点から、何らかの公的な基準やガイドラインの整備が望まれるところです。(1)
海外における法的・倫理的議論

出生前親子DNA鑑定をめぐる状況は、国によって大きく異なります。各国の法規制や社会的な議論を見ていくと、この問題の複雑さがより一層浮き彫りになります。それぞれの国が固有の歴史的・文化的背景を持ち、個人の権利と家族の保護のバランスをどこに置くかという点で、異なるアプローチを採用しています。
アメリカ:商業化が進む一方、州による規制も
アメリカでは、出生前親子DNA鑑定はビジネスとして広く展開されており、オンラインでキットを注文できるなど、非常に手軽に利用できます。鑑定結果は、子の親権や養育費、移民手続きなど、法的な目的で広く活用されています。特に移民関連では、家族関係の証明としてDNA鑑定が正式な手続きの一部として組み込まれているケースもあります。
AABB(米国血液銀行協会)のような認定機関が検査の品質基準を定めていますが、鑑定を受けること自体への規制は緩やかです(8)。AABBの認定を受けた検査機関は、定期的な外部監査を受け、厳格な品質管理基準を遵守する義務があります。しかし、例えばニューヨーク州では、裁判所の命令がない限り、当事者の同意があっても親子鑑定を行うことを厳しく制限するなど、州レベルでは独自の規制が存在します。カリフォルニア州やテキサス州など、各州の家族法の違いによって、鑑定結果の法的効力や利用可能な場面が異なるため、アメリカ国内でも状況は一様ではありません。
参考:DNA paternity testing – Wikipedia
イギリス:同意を重視する「ヒト組織法」
イギリスでは、「ヒト組織法(Human Tissue Act 2004)」がDNA鑑定に大きな影響を与えています。
この法律は、DNAサンプルを含むあらゆる人体組織の採取、保管、使用に関して「適切な同意(appropriate consent)」を得ることを義務付けています。同意なく他人のDNAサンプルを採取し、鑑定にかけることは「DNA窃盗」と見なされ、刑事罰の対象となります。16歳未満の子どもの場合は、親権を持つ保護者の同意が必要です。この法律は、個人の遺伝情報に関する自己決定権を強く保障するものです。
さらにイギリスでは、Ministry of Justice(法務省)による親子鑑定事業者の認定制度も存在し、消費者保護の観点からも体系的な枠組みが構築されています。認定を受けた事業者のみが法的に有効な鑑定を提供でき、認定基準にはISO 17025(試験・校正機関の能力に関する一般要求事項)への準拠が含まれています。
参考:Human Tissue Act – The law you need to know | EasyDNA UK(7)
フランス・ドイツ:厳格な規制と「家族の平和」
フランスやドイツでは、親子鑑定に対して非常に厳しい姿勢を取っています。フランスでは、裁判所の命令がなければ、私的な親子鑑定を行うことは原則として法律で禁止されています。フランス民法第16-11条は、遺伝子検査を医学的目的または裁判所命令に基づく場合に限定しており、違反した場合は、最大15,000ユーロの罰金や最大1年の禁固刑が科される可能性があります。
ドイツでも、当事者の同意なく秘密裏に行われる鑑定は違法とされています。2008年に制定された「遺伝子診断法(Gendiagnostikgesetz)」では、DNA鑑定は関係するすべての当事者の書面による同意がある場合にのみ合法とされ、秘密鑑定は法的に無効とされるとともに罰則の対象にもなります。
これらの国々の背景にあるのは、「家族の平和の維持」や「子のアイデンティティの保護」という価値観です。安易な鑑定が家族関係を破壊し、子どもの福祉を損なう事態を避けるため、国家が厳格に介入しているのです。フランスの法哲学では、「生物学的真実」よりも「社会的な親子関係の安定」を重視する伝統があり、これが規制の根底にあります。
参考:How to do a paternity test in France? – Infotestadn.com
このように、各国の対応は、個人の自由や知る権利を重視する立場から、家族の安定や子の保護を優先する立場まで、大きな幅があります。日本の「法的な空白」は、これらの価値観の間で、社会としてどのような立場を取るべきかという問いを私たちに突きつけているのです。(8)
出生前親子DNA鑑定が提起する倫理的課題
手軽に真実を知ることができるという鑑定の「光」の部分の裏には、個人の尊厳や生命、家族関係を揺るがしかねない、深い「影」が潜んでいます。以下に挙げる倫理的課題は、いずれも技術の利用を考える上で避けて通ることのできない重要な論点です。
- 子の「知る権利」と「知らないでいる権利」
子どもには、自らの出自、つまり誰が生物学的な親であるかを知る権利があります。国連の「子どもの権利条約」第7条でも、子どもは「できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利」を有するとされています。しかし、それは子ども自身が成長し、自らの意思でその情報を求める場合に尊重されるべき権利です。生まれる前に、親の都合で出自が一方的に明らかにされ、選択の余地なくその情報と共に生きていくことを強いられるのは、果たして子の福祉にかなうのでしょうか。子の「知る権利」は、同時に「知らないでいる権利」とも表裏一体です。出生前の段階で親が子の遺伝的出自に関する決断を下すことの倫理的妥当性は、慎重に検討されるべきです。 - 女性の自己決定権とパートナーからの圧力
鑑定を受けるか否かは、本来、女性自身の意思で決定されるべきです。リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)の観点からも、妊娠中の女性の身体に関する決定権は本人に帰属します。しかし、実際にはパートナーから「本当に俺の子か証明しろ」と鑑定を強要されるケースも少なくありません。これは、女性の意思を無視して妊娠や出産に関する決定をコントロールしようとする「リプロダクティブ・コアーション(生殖に関する強要)」の一形態であり、深刻な人権侵害です。DV(ドメスティック・バイオレンス)やモラルハラスメントの文脈で鑑定が強要される事例も報告されており、鑑定機関側が依頼者の意思の自発性を確認する仕組みの必要性が指摘されています。 - 胎児の生命倫理と選別
最も深刻な倫理的課題は、鑑定結果が胎児の生命に直結する可能性です。もし、望まない相手の子どもであったことが判明した場合、それが人工妊娠中絶の引き金となることは十分に考えられます。父親が誰であるかという理由で、一つの命が「選別」されることの是非について、私たちは社会全体で真剣に議論する必要があります。これは、出生前親子DNA鑑定が、単なる親子関係の確認に留まらない、重い生命倫理の問題を内包していることを示しています。NIPTにおけるトリソミー検出と人工妊娠中絶の関連が社会的に議論されているのと同様に、出生前親子鑑定においても、鑑定結果が胎児の運命を左右しうるという点で、生命倫理的な議論は避けられません。 - 家族関係への影響
鑑定によって父子関係が否定された場合、それはカップルの破局や家庭の崩壊に繋がる可能性があります。特に既に他の子どもがいる家庭では、鑑定結果がきょうだいの関係にも波及し、家族全体に深刻なダメージを与えることがあります。たとえ父子関係が肯定されたとしても、一度抱いた疑念が完全に払拭されず、その後の親子関係、夫婦関係に微妙な影を落とすことも考えられます。「鑑定を受けた」という事実そのものが信頼関係に亀裂を入れる可能性があり、真実を知ることが、必ずしも幸福な未来に繋がるとは限らないのです。 - 遺伝情報のプライバシー
DNAは究極の個人情報です。鑑定によって得られた遺伝情報がどのように管理され、保護されるのかは極めて重要です。日本では個人情報保護法による一般的な保護はありますが、遺伝情報に特化した法的保護は十分とは言えません。アメリカのGINA(遺伝情報差別禁止法)のように、遺伝情報に基づく差別を明確に禁止する法律が日本には存在しないため、情報が漏洩したり、目的外に利用されたりするリスクも考慮しなければなりません。鑑定機関による情報セキュリティの確保、検査後のサンプルやデータの廃棄ポリシーなど、利用者が事前に確認すべき事項は多岐にわたります。
これらの倫理的課題は、どれも簡単な答えが出るものではありません。だからこそ、鑑定を検討する際には、技術的な側面だけでなく、その先にある結果がもたらす影響について、深く、慎重に考えることが求められます。鑑定前に専門家への相談やカウンセリングを受けることで、自分自身の気持ちを整理し、考えうるシナリオに対する心の準備を進めることが大切です。
今後の展望ー私たちが進むべき道
技術の進歩に、社会の議論や法整備が追いついていない。それが、出生前親子DNA鑑定を取り巻く日本の現状です。このギャップを埋めるために、私たちは何をすべきでしょうか。以下に、今後取り組むべき方向性を整理します。
- 法整備とガイドラインの策定
フランスのように厳しく規制するのか、イギリスのように同意を重視するのか。日本の文化的・社会的背景を踏まえ、どのような法的な枠組みが望ましいのか、国レベルでの議論が必要です。2022年の民法改正で嫡出推定制度の一部が見直されたことは前進ですが、出生前DNA鑑定に関する包括的な規制フレームワークはまだ存在しません。法律による厳格な規制が難しい場合でも、少なくとも、日本産科婦人科学会や日本人類遺伝学会などが主体となり、鑑定の対象や条件、カウンセリングのあり方などについて、信頼性のあるガイドラインを策定することが急務です。NIPTに関しては2022年に厚生労働省主導で認証制度が設けられた前例があり、同様の枠組みを出生前親子鑑定にも適用する可能性が検討されるべきでしょう。 - 遺伝カウンセリング体制の充実
最も重要なのは、遺伝カウンセリングの役割です。鑑定を受ける前に、
■ なぜ鑑定を受けたいのか
■ 鑑定によって何が明らかになり、何が分からないのか
■ 鑑定結果が出た後、どのような状況が起こりうるのか
■ その結果をどう受け止め、どう行動するのか
といった点について、専門のカウンセラーと共に深く考える機会を設けるべきです。日本では認定遺伝カウンセラーの数がまだ十分とは言えず、その養成と配置の拡充が求められています。また、鑑定後、特に望まない結果が出た場合の精神的なサポート体制も不可欠です。鑑定は、結果を出すことがゴールではなく、その結果と共に依頼者が未来を生きていくためのスタート地点でなければなりません。心理カウンセラーや法律の専門家との連携体制を構築し、鑑定機関がワンストップで総合的なサポートを提供できる仕組みづくりが理想的です。 - 社会全体の理解と議論の深化
この問題は、一部の当事者だけの問題ではありません。家族とは何か、親子とは何か、生命とは何か、という根源的な問いを私たち一人ひとりに投げかけています。メディアや教育の場でこの問題が取り上げられ、多様な視点からの議論が深まることで、社会全体の理解とコンセンサスが形成されていくことが望まれます。特に、生命倫理教育の充実や、市民向けの公開講座・シンポジウムの開催など、専門家と一般市民が共に考える場の創出が重要です。テクノロジーがもたらす可能性と課題について、感情的な反応ではなく、科学的根拠に基づいた冷静な議論を社会全体で行う土壌を育てていく必要があります。
これらの取り組みは一朝一夕に実現できるものではありませんが、技術の進歩が加速する中で、先送りにすることはできません。多くのステークホルダーが参画し、バランスの取れた制度設計が進められることを期待します。
まとめ:真実を知る重みと向き合うために
出生前親子DNA鑑定は、妊娠中の女性が抱える不安を解消し、子の法的な地位を早期に安定させるという大きなメリットを持つ画期的な技術です。母体血中のcell-free DNAを利用した非侵襲的手法の確立により、かつてのように流産リスクを伴う侵襲的検査を行う必要がなくなり、妊娠初期から安全に鑑定を受けられるようになりました。しかしその一方で、使い方を誤れば、個人の尊厳を傷つけ、家族関係を破壊し、胎児の命さえも左右しかねない、諸刃の剣でもあります。
現在、法的な規制がない日本では、鑑定を受けるかどうかの判断は、完全に個人の手に委ねられています。海外に目を向ければ、アメリカのように商業的に広く展開されている国もあれば、フランスやドイツのように裁判所の命令なしの鑑定を厳しく制限している国もあります。各国がそれぞれの価値観に基づいて異なるアプローチを取っている中、日本においてもこの問題に対する社会的な合意形成が求められています。
だからこそ、この技術を利用しようと考えている人は、その手軽さの裏にある法的・倫理的な課題の重さを十分に理解し、立ち止まって考える時間を持つことが何よりも重要です。子の「知る権利」と「知らないでいる権利」、女性の自己決定権とパートナーからの圧力、胎児の生命倫理、家族関係への影響、遺伝情報のプライバシーなど、検討すべき論点は多岐にわたります。
あなたはなぜ、真実を知りたいのですか? その真実を知った後、あなたと、あなたの周りの人々、そして生まれてくる子どもの人生は、どのように変わるのでしょうか?
その問いへの答えを、専門家や信頼できる人々と共にじっくりと探すこと。それこそが、この高度な技術と賢明に向き合うための、第一歩となるはずです。
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よくあるご質問
Q1. 出生前親子DNA鑑定とNIPT(新型出生前診断)はどう違うのですか?
A. 目的が全く異なります。NIPTは胎児の染色体異常(ダウン症候群など)のリスクを調べる検査であるのに対し、出生前親子DNA鑑定は胎児と父親候補の男性との間の生物学的な血縁関係を確認する検査です。どちらも母体血中のcell-free DNAを分析する技術を利用しますが、解析の対象と目的は明確に異なります。
Q2. 出生前親子DNA鑑定は日本では違法ですか?
A. いいえ、日本には出生前親子DNA鑑定そのものを直接禁止する法律は存在しません。フランスやドイツのように裁判所命令を必要とする規制もなく、いわば「法的な空白地帯」にあります。ただし、鑑定結果の使い方(裁判での証拠利用など)については、民法や関連する法制度の枠組みに従う必要があります。
Q3. 鑑定結果は裁判で証拠として使えますか?
A. はい、法的鑑定として適切な手続き(本人確認、サンプル採取時の第三者立ち会いなど)を経て実施された場合、鑑定結果は家庭裁判所での嫡出否認や親子関係不存在確認の訴えにおいて有力な証拠として利用できます。seeDNA遺伝医療研究所では私的鑑定と法的鑑定の両方に対応しています。
Q4. 嫡出推定の「300日問題」とは何ですか?
A. 民法772条の規定により、離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定されます。しかし、実際には前夫以外の男性の子であるケースも多く、前夫の子として出生届を提出できないため、子どもが無戸籍になってしまう問題です。2022年の民法改正で一部が見直されましたが、すべてのケースが解消されたわけではありません。出生前親子DNA鑑定はこの問題を解決する手段の一つとなり得ます。
Q5. 出生前親子DNA鑑定はいつから受けられますか?
A. seeDNA遺伝医療研究所では妊娠6週目から検査が可能です。母親の腕からの採血のみで実施でき、胎児にも母体にもリスクのない非侵襲的な方法です。母体血中に含まれるcell-free fetal DNA(胎児由来のDNA断片)を次世代シーケンシング技術で解析し、99.9%以上の精度で父子関係を判定します。
Q6. 海外では出生前親子DNA鑑定はどのように規制されていますか?
A. 国によって大きく異なります。アメリカでは商業的に広く展開されており比較的自由に利用できますが、フランスでは裁判所の命令がなければ私的鑑定が禁止されています。ドイツでは全当事者の書面による同意が必要で、イギリスでは「ヒト組織法」により適切な同意なく他人のDNAを検査することが刑事罰の対象となります。日本はこれらの国と比較して明確な規制がない状態です。
Q7. 鑑定を受ける前にカウンセリングは必要ですか?
A. 法的に義務づけられてはいませんが、鑑定前のカウンセリングは強く推奨されます。鑑定結果は親子関係の確認だけでなく、家族関係やパートナーシップ、さらには胎児の将来にまで影響を及ぼす可能性があります。なぜ鑑定を受けたいのか、結果が出た後にどう行動するのかを事前に整理し、専門家と共に考えることで、より良い判断ができるようになります。
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著者
医学博士 富金 起範
筑波大学、生体統御・分子情報医学修士/博士課程卒業
2017年に国内初となる微量DNA解析技術(特許7121440)を用いた出生前DNA鑑定(特許7331325)を開発
【参考文献】
(1) seeDNA遺伝医療研究所「妊娠中の血液による出生前胎児DNA鑑定」(2) Wikipedia「DNA paternity testing」
(3) 厚生労働省
(4) The American College of Obstetricians and Gynecologists(ACOG)
(5) e-Gov法令検索「民法」
(6) 法務省
(7) EasyDNA UK「Human Tissue Act」
(8) Infotestadn.com「How to do a paternity test in France?」