リライティング日:2024年11月06日
DNAの遺伝暗号解読の歴史を、ワトソンとクリックによる二重らせん構造の発見からニーレンバーグとオチョアによるコドン解読競争まで詳しく解説。DNA鑑定の基礎となる偉大な研究の全貌を紹介します。
DNA暗号解読の歴史を築いた偉人達
私たちの体をつくり上げている設計図ともいえるDNA。その中に刻まれた遺伝暗号が解き明かされるまでには、数多くの科学者たちによる画期的な研究と発見がありました。現代ではDNA鑑定や遺伝子検査として広く活用されているDNA技術ですが、その根底にある「DNAの暗号とは何か」「どのように解読されたのか」という歴史を知ることは、遺伝学やDNA鑑定への理解をより深める上で非常に重要です。
本記事では、DNA暗号解読の歴史において特に大きな功績を残した偉人達——ワトソンとクリック、ニーレンバーグ、オチョアを中心に、その研究内容と発見の意義を詳しく解説します。
ワトソンとクリック——DNA二重らせん構造の発見

DNAに関して学んだことがある人で、ワトソンとクリックの両名を知らない人はいないでしょう。1953年、ジェームズ・ワトソン(James Dewey Watson)とフランシス・クリック(Francis Harry Compton Crick)は、DNAが二重らせん構造をとっていることを発表しました。この発見は、20世紀の生物学における最も重要な業績のひとつとされ、1962年にはモーリス・ウィルキンスとともにノーベル生理学・医学賞を受賞しています。(1)
彼らの発見によって、DNAの中に並ぶ4種類の塩基——アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)——の並び方が、生物の特徴を示す暗号らしいことがわかりました。DNAの二重らせんは、AとT、GとCが相補的に対をなして結合しており、この「相補的塩基対合」の仕組みが遺伝情報の正確な複製を可能にしています。
塩基配列がタンパク質を決定する
では、4種の塩基の配列が具体的に何を表しているのでしょうか。この疑問は、アカパンカビ(Neurospora crassa)という真菌の突然変異の研究により解明されました。1940年代にジョージ・ビードルとエドワード・テータムが行ったこの研究は「一遺伝子一酵素説」として知られており、遺伝子がそれぞれ特定の酵素(タンパク質の一種)の合成を制御していることを示しました。DNAの配列が変わると、タンパク質も変化することが発見されたのです。(2)
すなわち、DNAの塩基配列は、タンパク質分子の構造を示している、ということができます。タンパク質はアミノ酸という比較的単純な物質が連結してできる大きな分子(高分子)です。アミノ酸はペプチド結合と呼ばれる化学結合によって一列に繋がり、立体的に折りたたまれることで、酵素や抗体、ホルモンなど多種多様な機能をもつタンパク質となります。
ということは、DNAの塩基配列はアミノ酸の配列を示しているという事になります。生物がタンパク質を合成するのに用いるアミノ酸は20種類ほどあります。それでは、わずか4種類の塩基でどのように20種類のアミノ酸配列を示すことができるのでしょうか。この根本的な問いに答えを出したのが、次に紹介するニーレンバーグの画期的な実験でした。
ニーレンバーグ——遺伝暗号の解読に挑んだ先駆者

1961年、マーシャル・ニーレンバーグ(Marshall Warren Nirenberg)という学者が、細胞から取り出した各種の物質を試験管内で混ぜ合わせ、タンパク質を合成することに成功しました。この実験は「無細胞翻訳系(cell-free translation system)」と呼ばれる手法を用いたもので、生きた細胞を使わなくても試験管の中でタンパク質合成の過程を再現できるという画期的なものでした。(3)
人工RNAによるタンパク質合成実験
彼はまず、核酸の一種であるRNA(リボ核酸)を人工的に合成しました。RNAとはDNA塩基配列をコピーして、タンパク質合成の基になる物質です。DNAの遺伝情報は、まずmRNA(メッセンジャーRNA)に「転写」され、そのmRNAの情報をもとにリボソームという細胞内小器官でタンパク質が「翻訳」されます。この一連の流れは「セントラルドグマ」と呼ばれ、分子生物学の基本原理とされています。
RNAでは、DNAに含まれる塩基T(チミン)の代わりに別の塩基U(ウラシル)が使われている点がDNAとの相違点です。また、RNAは一本鎖であるのに対しDNAは二本鎖であるという構造上の違いもあります。なお、RNAはウイルスなどではDNAの役割を担うこともある物質で、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)などはRNAを遺伝物質として持っています。
ニーレンバーグは塩基U(ウラシル)だけが連続した人工RNA——すなわち「ポリU(poly-U)」を合成し、そこからタンパク質を合成しました。すると、フェニルアラニンというアミノ酸一種類のみが連結したタンパク質(ポリフェニルアラニン)ができました。この発見を基に、UUUという3塩基の配列がフェニルアラニンを指定する暗号(コドン)であることが判明したのです。
コドン(暗号の単位)とは
遺伝暗号の単位は「コドン(codon)」と呼ばれ、連続する3つの塩基の組み合わせで1つのアミノ酸を指定します。なぜ3つなのかという点については、数学的な理由があります。
- 塩基1個の場合:4種類(41 = 4)→ 20種類のアミノ酸を指定するには不足
- 塩基2個の場合:16種類(42 = 16)→ まだ不足
- 塩基3個の場合:64種類(43 = 64)→ 20種類のアミノ酸に対して十分な組み合わせ
このように、3つの塩基の組み合わせであれば64通りとなり、20種類のアミノ酸をすべて指定できるだけでなく、余りのコドンは「開始コドン」や「終止コドン」として、タンパク質合成の開始と停止の信号に使われています。ニーレンバーグのポリU実験は、この「トリプレットコード(三連暗号)」の存在を実験的に証明した最初の研究として、分子生物学の歴史に燦然と輝いています。
オチョアとニーレンバーグの暗号解読競争
ニーレンバーグの画期的な実験結果が発表されると、遺伝暗号の完全解読をめぐって科学界は大いに活気づきました。特に、スペイン出身の生化学者セベロ・オチョア(Severo Ochoa)とニーレンバーグの間で、暗号解読の熾烈な競争が始まります。オチョアはすでに1959年にRNA合成酵素(ポリヌクレオチドホスホリラーゼ)の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞しており、RNA合成の技術においては先行者でした。(4)
暗号解読の方法
両者の研究チームは、何種類かの塩基を異なる比率で混ぜた新しいRNAを次々と合成し、それぞれからどのようなアミノ酸を含むタンパク質が生成されるかを調べました。例えば、UとCを一定の比率で混合したRNAからは、フェニルアラニンだけでなくセリンやロイシンなどのアミノ酸も含むタンパク質が合成されました。このような実験を繰り返すことで、各コドンがどのアミノ酸に対応するかを統計的に推定していったのです。
- 特定の塩基組成をもつ人工RNAを合成する
- 無細胞翻訳系でタンパク質を合成する
- 生成されたタンパク質に含まれるアミノ酸の種類と量を分析する
- 塩基組成とアミノ酸の出現頻度から、各コドンが指定するアミノ酸を推定する
- 複数の実験結果を組み合わせて暗号表を完成させる
新しいRNAを使うたびに、異なるアミノ酸を含むタンパク質が合成され、そのたびに遺伝子の暗号が一つ一つ解読されていきました。さらに、ハー・ゴビンド・コラナ(Har Gobind Khorana)が開発した、特定の配列を持つRNAを化学的に合成する技術も暗号解読に大きく貢献しました。
そして1965年には64種類(塩基4種類のため、3個の塩基の並び方は4×4×4 = 64通り)の暗号はすべて解読されました。この成果により、ニーレンバーグ、コラナ、そしてロバート・ホリーの3名は1968年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。(5)
遺伝暗号の主な特徴
完全に解読された遺伝暗号には、以下のような特徴があることがわかっています。
- 普遍性:ほぼすべての生物で同じ遺伝暗号が使われている(一部の例外を除く)
- 縮退性:64種類のコドンで20種類のアミノ酸を指定するため、複数のコドンが同じアミノ酸を指定する場合がある
- 開始コドンと終止コドン:AUGがタンパク質合成の開始信号、UAA・UAG・UGAが終止信号として機能する
- コンマなし:コドンとコドンの間に区切り記号はなく、3つずつ連続的に読まれる
遺伝暗号解読からDNA鑑定の時代へ
現在では、人間の全てのDNA配列(約30億塩基対)が明らかにされ、DNAから作り出されるタンパク質の暗号までが全て解読されています。2003年に完了したヒトゲノム計画は、ワトソンとクリックの発見から丁度50年後の偉業であり、その後のゲノム科学と医療の飛躍的な進歩を支えています。(6)
そしてDNAは、個人の特定や血縁関係の証明、病気のリスク評価や外見的な特徴の推定など、さまざまな目的で利用されるようになりました。DNA鑑定では、個人ごとに異なるDNA配列の多型(主にSTR:短鎖縦列反復配列)を分析することで、極めて高い精度で個人を識別することが可能です。
我々seeDNAもDNAを取り扱う会社として、偉大な学者たちの研究を応用することで、皆様に優れたサービスを提供したいと思います。ワトソンとクリック、ニーレンバーグ、オチョアらの業績は、今日の遺伝子解析技術の根幹を成しており、その歴史と原理を正しく理解することが、DNA鑑定の信頼性と意義をより深く理解する第一歩となるのです。
よくあるご質問
Q1. ワトソンとクリックはDNA研究においてどのような発見をしたのですか?
A. ワトソンとクリックは1953年にDNAが二重らせん構造をとっていることを発見しました。この構造の中で、4種類の塩基(A・T・G・C)が相補的に対をなして結合しており、この仕組みが遺伝情報の正確な複製と伝達を可能にしていることを示しました。この発見により1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
Q2. 遺伝暗号(コドン)とは何ですか?
A. 遺伝暗号(コドン)とは、DNA(またはRNA)上の連続する3つの塩基の組み合わせのことで、1つのアミノ酸を指定する単位です。4種類の塩基を3つ組み合わせると64通り(4×4×4)となり、20種類のアミノ酸の指定と、タンパク質合成の開始・終止の信号をすべてカバーすることができます。
Q3. ニーレンバーグはどのようにして遺伝暗号を解読したのですか?
A. ニーレンバーグは1961年、ウラシル(U)のみが連続した人工RNA(ポリU)を用いた無細胞翻訳実験を行い、フェニルアラニンだけからなるタンパク質が合成されることを発見しました。これにより、UUUという3塩基の配列がフェニルアラニンを指定するコドンであることが初めて実験的に証明されました。
Q4. DNAとRNAの違いは何ですか?
A. DNAとRNAの主な違いは以下の3点です。①DNAは二本鎖ですがRNAは通常一本鎖です。②DNAの糖はデオキシリボースですがRNAはリボースです。③DNAの塩基にはチミン(T)が使われますが、RNAではウラシル(U)が代わりに使われます。RNAはDNAの情報をコピーしてタンパク質合成の鋳型となる役割を果たしています。
Q5. 遺伝暗号の解読は現在のDNA鑑定にどのように関係しているのですか?
A. 遺伝暗号の解読によってDNAの塩基配列の意味が完全に理解されたことで、個人間のDNA配列の違い(多型)を分析する技術の基盤が確立されました。現在のDNA鑑定では、この知見を応用してSTR(短鎖縦列反復配列)などの多型を解析し、個人の特定や血縁関係の証明を高精度に行うことが可能となっています。
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著者
医学博士 富金 起範
筑波大学大学院 生体統御・分子情報医学 修士/博士課程卒業
2017年に国内初となる微量DNA解析技術(特許7121440)を用いた出生前DNA鑑定(特許7331325)を開発
【参考文献】
(1) Nature, 1953年4月(2) J Synchrotron Radiat, 1999年5月
(3) 一般社団法人 予防衛生協会, 2015年7月
(4) J Biol Chem, 1958年6月
(5) J Embryol Exp Morphol, 1969年2月
(6) Genome.gov, 2025年3月